マラン・メルセンヌ(1588年~1648年)
マラン・メルセンヌはフランスの神学者です。
修道院で数学を学び、自らも数学を教えるようになったメルセンヌは、パリの修道院に移り多くの数学者達と交流を持つようになります。
当時の数学者達は自分の研究を他の数学者に漏らすことはせず、秘密主義的な風潮が主流となっていました。しかしメルセンヌは知識は共有するべきであるとの考えから、積極的に学問について論じ合う姿勢をとりました。メルセンヌの活動は後にパリ科学アカデミーの創立に繋がる等、ヨーロッパにおける学者達の交流に大いに貢献しました。
メルセンヌが交流した人物はジラール・デザルグ、ピエール・ド・フェルマー、ルネ・デカルト、ガリレオ・ガリレイの他、多数に渡ります。
■メルセンヌ数
2の冪よりも 1 だけ小さい自然数、つまり「2n - 1」の形をした自然数のことを、メルセンヌ数と呼びます。また、素数であるメルセンヌ数をメルセンヌ素数と呼びます。
■12平均律
1オクターブ等の音程を均等な周波数比で分割した音律を「平均律」と呼びます。平均律についてはメルセンヌ以前から知られていましたが、メルセンヌは1636年の著書「普遍的和声法」において、平均律の数学的基礎を確立しました。
十二平均律は、1オクターブを12等分した音律となります。
★マラン・メルセンヌに関する備考
Marin Mersenne
生没年:1588年9月8日~1648年9月1日
生まれ:フランス、メイン、ワーズ
父:不明
母:不明
主な著書:1636年『Harmonie universelle』、1644年『Cogitata Physico-Mathematica 』