ゼノン(前490頃頃~前429年頃)
ゼノンは南イタリアにあるギリシアの小都市・エレアの生まれです。当時の南イタリアでは大きな学派が二つあり、ゼノンはエレア派に属していました。エレア派は紀元前5世紀の初期に、パルメニデスという人物によって開かれた学派です。パルメニデスはギリシアの哲学者ですが、ゼノンは彼の養子となり、彼の元で多くのことを学んだといわれています。
当時のエレアはネアルコスという僭主に支配されていました。ゼノンは仲間と共にネアルコスを打ち倒そうとしましたが、捕らえられてしまいます。同志や計画について尋問されますが、打ち明け話があるふりをしてネアルコスに近づき耳に噛みついて、命を絶たれるまで離さなかったという逸話が残っています。
■帰謬法
「Aが真である」ということを示すために、一旦「Aは真ではない」と仮定しておいて、その過程に基づいて論理的に議論を展開していくと矛盾が生じることを示す、という方法があります。「Aは真ではない」と仮定して矛盾が起こるということは、「Aは真ではない」と仮定したことが間違っていた、つまり「Aは真である」ということになるのです。
これは帰謬法(背理法)といって現在の証明問題でも大いに使われている方法ですが、この帰謬法を初めて用いたのがゼノンです。アリストテレスはゼノンのことを「弁証法の祖」と呼びました。
■ゼノンのパラドックス
「一見正しそうに見える論証から受け入れがたい結論が導かれる」ものを「パラドックス」といいます。ゼノンはこのパラドックスの例をいくつか挙げたことでも有名です。「ゼノンのパラドックス」と呼ばれているものの一つに、「アキレスと亀」があります。
アキレス(アキレウス)というのはギリシャ神話に登場する俊足の英雄です。このアキレスと亀が競争し、ハンデをつけてアキレスのスタート地点は亀のスタート地点(地点A)よりも少し後ろにするとします。
両者のスタート後、アキレスが地点Aに着いた時には亀はいくらか先に進んでいて、その場所を地点Bとします。この後アキレスが地点Bに着いた時には亀は更に少し先の地点Cに着いていて、……というように同じことの繰り返しになり、この理屈でアキレスは永遠に亀を追い越せない、ということになります。
現実には亀を追い越せないというようなことは起こりえませんが、ゼノンはこのような運動に関するパラドックスをいくつか考え出しました。これらは後年にアリストテレスが「自然学」の中で紹介したことで、世に知られています。
「運動のパラドックス」には、上記の「アキレスと亀」の他に「二分法」、「飛んでいる矢は止まっている」、「競技場」と合わせて全部で4つがあります。
★ゼノンに関する雑学
・「アキレスと亀のパラドックス」に対する、無限等比級数を用いた解釈
「アキレスと亀のパラドックス」については、無限等比級数を用いると次のようにして「アキレスは亀に追いつける」とできます。
まずアキレスの速度を v とし、亀の速度はアキレスの速度のk倍、つまり kv とします。kについては亀はアキレスよりも遅いので 0<k<1 となります。また亀はアキレスよりも、はじめに距離Lだけ前にいるとします。
アキレスと亀が同時にスタートし、アキレスが亀のスタート地点まで到達する時間は L/v だけかかりますが、その時亀はアキレスよりも kv×L/v = kL だけ前方に進んでいます。
アキレスがその亀の位置まで到達する時間は L/v×k 後となり、その時亀は更に k^2×L だけ前方に進みます。これを無限に繰り返していくと、アキレスが亀の位置まで到達する時間の合計は
L/v + L/v×k + L/v×k^2 + L/v×k^3 +……
つまり
[{1-k^(n+1)}×(L/v)]/(1-k) となります。
ここで 0<k<1 より k^(n+1)の部分は0となり、上記の和は (L/v)/(1-k) という定数となります。
・量子ゼノン効果
量子物理学において、「粒子等の状態を頻繁に観測すればするほど、それが初期の状態から別の状態に移る確率が減少していく」という予測があります。これはゼノンの「飛んでいる矢も止まっている」というパラドックスにちなんで、「量子ゼノン効果」と呼ばれています。