2012年10月7日日曜日

ペーター・グスタフ・ディリクレ

ペーター・グスタフ・ディリクレ(1805年~1859)

ヨハン・ペーター・グスタフ・ルジューヌ・ディリクレはドイツの数学者です。


■フェルマーの最終定理の研究

「フェルマーの最終定理」(3以上の自然数nについて、x^n + y^n = z^nとなる0でない自然数x、y、zの組み合わせは存在しない)について、n=4 の場合はピエール・ド・フェルマー自身が1640年に証明をし、n=3 の場合はスイスの数学者レオンハルト・オイラーが1770年に証明を公表していました。
n = 5 の場合について、ディリクレは1828年に部分的な証明を与えました。この証明はフランスの数学者アドリアン=マリ・ルジャンドルが完成させましたが、ディリクレも自分の証明を完成させています。
ディリクレは後に n = 14 の場合の完全な証明も行なっています。


★備考

Johann Peter Gustav Lejeune Dirichlet
生没年:1805年2月13日~1859年5月5日
生まれ:ドイツ
妻:レベッカ・メンデルスゾーン・バルトルディ

2012年9月19日水曜日

ボヤイ・ヤーノシュ

ボヤイ・ヤーノシュ(1802年~1860年)

ボヤイ・ヤーノシュはハンガリーの数学者です。非ユークリッド幾何学の研究で知られています。


■平行線公準

ヤーノシュの父であるボヤイ・ファルカシュも数学者で、ファルカシュは平行線公準の証明に取り組んでいましたが、証明はできずに終わりました。
父の影響を受けたヤーノシュも平行線公準の研究に取り組みますが、それを知ったファルカシュは平行線公準に関わるのはやめるように息子に助言します。父親の助言を受け入れなかったヤーノシュは平行線公準の研究を続け、1832年には父ファルカシュが発行した教科書の付録として、ヤーノシュの研究の結果が収録されました。


★ボヤイ・ヤーノシュに関する雑学

・ボヤイ・ヤーノシュ国際数学賞

1902年にボヤイ・ヤーノシュ生誕100周年を記念して設立された数学賞です。ハンガリー科学アカデミーより授与されます。


★備考

Bolyai Ja'nos
生没年:1802年12月15日~1860年1月27日
生まれ:ハンガリー
父:ボヤイ・ファルカシュ(Bolyai Farkas)、数学者

2012年9月11日火曜日

ニールス・ヘンリック・アーベル

ニールス・ヘンリック・アーベル(1802年~1829年)

ニールス・ヘンリック・アーベルはノルウェーの数学者です。
5次以上の代数方程式の不可解性や楕円関数の研究で知られています。


■5次以上の代数方程式の不可解性

4次までの代数方程式については当時までに一般的な解の公式が得られていましたが、5次方程式については数学者達による長年の研究にもかかわらず一般的な解は得られないままでいました。
アーベルは5次以上の代数方程式について、冪根と四則演算だけで表せるような一般的な解の公式は存在しないことを証明しました。


★ニールス・ヘンリック・アーベルに関する雑学

2001年にノルウェー政府は大きな業績を上げた数学者に対して贈る賞として、アーベル賞を創設しました。


★備考

Niels Henrik Abel
生没年:1802年8月5日~1829年4月6日
生まれ:ノルウェー、フィンドー

2012年9月5日水曜日

ガブリエル・ラメ

ガブリエル・ラメ(1795年~1870年)

ガブリエル・ラメはフランスの数学者です。フェルマーの最終定理の研究で知られています。


■フェルマーの最終定理の研究

フェルマーの最終定理「3 以上の自然数 n について、x^n + y^n = z^n となる 0 でない自然数 x、y、z は存在しない」について、n = 4 の場合はピエール・ド・フェルマー自身が1640年に証明をし、n = 3 の場合はスイスの数学者レオンハルト・オイラーが1770年に証明を公表していました。n = 5 の場合については1825年にフランスの数学者アドリアン=マリ・ルジャンドル、1828年にドイツの数学者ヨハン・ペーター・グスタフ・ルジューヌ・ディリクレが独立して証明を与えています。

このフェルマーの最終定理について、ラメは1839年に n = 7 の場合に正しいことを証明しました。
ラメはその数年後にフェルマーの最終定理を近いうちに証明すると宣言しますが、パリの数学者コーシーがラメと同様の方法で証明に取り組んでいることを述べます。
その後ラメとコーシーの証明方法には間違いがあることがドイツの数学者エルンスト・クンマーによって明らかになりました。


★ガブリエル・ラメに関する雑学

・エッフェル塔
エッフェル塔には、フランスの科学に貢献した72人の科学者の名前が刻まれていますが、その中にはラメの名も含まれています。


★備考

Gabriel Lame'
生没年:1792年3月7日~1871年5月11日
生まれ:フランス、トゥール

2012年8月30日木曜日

チャールズ・バベッジ

チャールズ・バベッジ(1791年~1871年)

チャールズ・バベッジは、イギリスの数学者です。計算機の設計の研究で知られています。


■自動計算機

当時の科学計算に用いる対数表や三角関数表は、70~80人の人の手によって計算されて作られていました。しかし人による計算だと多くの誤りが含まれてしまうことから、バベッジは機械的な計算は機械にやらせれば素早く間違いのない計算結果が得られると考えました。

1822年にはバベッジは王立天文学会で階差機関の構想を発表し、その後イギリス政府から1万7千ポンドの資金援助を受けます。しかしバベッジは新しい考えを思いつく度にそれまでの研究物を反故にしたり技師への給料の支払いが遅れたりといったことがあったため、信用を失い資金の援助は打ち切られてしまいました。

その後ロマン派の詩人ジョージ・バイロンの娘で数学愛好家であるオーガスタ・エイダ・キングがバベッジの解析期間の論文に感激し、解説を付けてフランス語に翻訳をしました。
バベッジの亡くなった翌年には息子のヘンリーが解析機関の一部を完成させ、現在はロンドンの国立科学産業博物館に展示されています。


★チャールズ・バベッジに関する雑学

月にあるクレーターには、バベッジにちなんで名前がつけられたものもあります。


★備考

Charles Babbage
生没年:1791年12月26日~1871年10月18日
生まれ:イギリス
父:ベンジャミン・バベッジ(Benjamin Babbage)、銀行家
母:ベッツィー・バベッジ (Betsy Plumleigh Babbage)
妻:ジョージアナ・ホイットモア(Georgiana Whitmore)
息子:ヘンリー・プレヴォスト・バベッジ